タイヨウ  

 
 
 
大好きなあなたと一緒にいると、いくらでも輝ける気がした。
でも同じことをいつか言ってくれたから、きっと二人とも月であり、太陽なんだろう。
 
 
 
まだ幼かったルフィに嫌悪さえ向けていたエースは、今はもういない。
大きくなったルフィを生かそうと命を賭したエースも、今はもういない。
この世界の、どこにも。
グランドラインを一周できたとしても、二周できたとしても、一生この広い海を、ワンピースを捜し求める数多くの海賊たちのように血眼になって探し回ったとしても。
たった一人の兄は、もういない。
泣いても、喚いても、海から落っこちてみても、頭を岩にぶつけてみても、それを諌めてくれる憧れであり愛して止まなかった兄の存在は、もうどこにもなかった。
冬島で見たものにも負けない美しい桜が舞い、伴侶を探して蟋蟀が鳴き、エースの帽子の色そっくりの柿が実り、世界を真っ白が覆いつくし、また春の甘過ぎる匂いが戻ってくる。
それでも、色とりどりに季節が移り変わったところで、ルフィの探し物は見つからなかった。
 
『ルフィ』
 
張りのある低い声で発せられる、たったその一言が欲しいだけなのに。
とても温かい笑顔が懐かしいだけなのに。
誰も、ルフィのその願いごとだけは叶えてくれなかった。
サンタさんも、18になったことを祝ってくれる周りの仲間たちも――おそらく神さまにしか、それは叶えられないのだろう。
しかし大好きだった青空のお日さまも、陰を照らし出すことはできない。
きっと、雲が厚すぎるのだ。
しかしどんな雨雲でも、雷鳴を轟かせる荒々しいものでも、いつかは晴れるもの。
いつかは、必ず太陽は顔を覗かせてくれるはずだから。
(太陽が笑ってくれるまで少しだけ、少しだけ眠ってもいいよな――。)
 
 
 
 
 
目を覚ましたルフィのふっくらと柔らかい頬を、いつものように涙の痕が線を引いていた。
朝日が無性に眩しく、邪魔で、ルフィの中の陰になっている部分をよりいっそう濃く、長く浮き立たせる。
最近はいつもこうだ。17という年齢が近付くにつれまるで心が幼くなっていくように夢で魘されるようになり、気付けば泣きながら飛び起きる始末。
夢の中で、真っ暗闇にふいに現れた光が眩しすぎて目を閉じてしまうのに、ルフィを守ってくれるようにその輝かしい金色は全身を包み込んでくれて温かい。
夜の空に浮かぶのは月であるはずなのに、あまりにも神々しく印象的過ぎて――いつしかそれが、ルフィの昼になった。
それなのに手を伸ばした途端、一人何もない空間に放り出されてしまう。
その度にいいようのない恐怖が全身を襲うのだ。
大きな光に包まれて世界から隔離されてしまうのが怖かったのか?
……否、違う。
その光に見捨てられて、闇に一人取り残されるのが怖いのだ。
光に実体はない。だから掴むことも叶わない。
一人になりたくなくて焦がれて、焦がれて、焦がされて。行かないで!と手を伸ばすのに。
あの頑固な光はルフィの言うことなんかちっとも聞いてくれないのだ!
「いつか、ガツンと言ってやる……」
力なく呟いたルフィは窓をキラキラと輝かせている太陽に、もう一度くりりと丸い双眸を眇めた。
 
 
そして一ヶ月後、あちらこちらをネオンの人工的な光と鯉が飾るめでたい日に、ルフィは綺麗なお月さまを見つける。
夜だというのに、それは燦々と地を照らし出す太陽に見えた。
 
「――待てよ!」
「なんだ、お前」
「ルフィだ」
「は?名前なんか聞いてねえ。…知り合いじゃねえな」
「ああ、ちがうぞ」
「……」
「名前、なんてゆーんだ?」
「エース……じゃなくて。なんで教えなきゃならねェ」
あまりにも自然に問われて反射的に答えてしまい、大人びた面立ちを訝しむように顰めながらむっつりと口を噤む一回り大きな青年を前にして、ルフィの心が躍る。
どきどきを胸に秘め、そして「今度こそ」という想いがなぜだか強く、強く心内に火を灯した。
「エース?エースっていうのか、お前……」
「うるせーな。それがどうした」
「やっぱりおれとお前は知り合いじゃねェ!」
だからさっきからそう言ってる!と苛立ちをこめて怒鳴ろうとしたエースの唇が、柔らかい掌に封じ込められてしまう。
大通りのど真ん中ただすれ違っただけの赤の他人を前にし、漆黒の双眸をこれ以上の悦びがあるのだろうかと思わせる程輝かせて、ルフィは大声でのたまった。
 
「お前はおれの、」
 
 
――タイヨウだ!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
一年間、ありがとうございました!
 
 
 
 
 
 
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